私にとっての思い出のこの一本は、ジュリアン・ディヴィエ監督が1937年に製作した『望郷(ペペ・ル・モコ)』。完成した翌年には日本でも封切られてファンに大きな衝撃を与え、ペシミズムを昇華させた名作として位置づけられている作品だが、勿論、私は封切時には観ていない。終戦で「映画を観るのは不良」と言われた環境が一変、漸く映画を自由に観ることが許されて観たのが『望郷』だった。一期一会という言葉がある。一生に一度の出会い、一生に一度限りの人生を変える出会いを意味している。私と『望郷』との出会いはまさに一期一会であった。旧制中学4年の多感であることだけが唯一の誇りと武器だった青春の真っ只中、自分の将来が漠然としていて未来への道がまるで見えていなかった時に偶然観ることになった『望郷』が私の人生を決定づけられたのである。今振り返ると、それは偶然ではなく必然の出会いだったとしか考えられない。フランス映画やジュリアン・ディヴィエ監督を全く知らず、無心でスクリーンに映し出されたファースト・シーンのタイトルバックの音楽を聴いた瞬間から胸を衝かれる程のシネショックを受けたのだった。観終わったあとはひと言では言い尽せない感動で押し潰されそうになっていた。胸の中で沸沸と湧いてくる熱いものがあった。浅墓にも私はこのような映画を製作するスタッフの一員になりたいと無謀な夢を抱くようになっていたのである。あれから60年余りが経ち、いま私はこの時胸を焦がした夢を果たして生きている。 |