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2013年7月25日
第117回 「戦場のメリークリスマス」
おはなし:プロデューサー 原 正人  さん     インタビュアー:ジャーナリスト 関口 裕子  さん

 かつてない猛暑の続く中、監名会第117回が7月25日(木)、京橋のフィルムセンター小ホールで開催された。本作品の日本公開30周年、又今年1月15日に亡くなった大島 渚監督を追悼しての上映である。この映画は、第二次世界大戦下、ジャワ奥地の日本軍俘虜収容所を舞台に、極限状況におかれた男たちの相克を描いた異色の人間ドラマ。
 ゲストのプロデューサー 原正人氏は、長年邦画の製作や洋画の輸入・配給等に携わり、日本と海外との合作においても、資金調達を行ってきた草分け的存在の一人。製作作品には「瀬戸内少年野球団」「乱」「雨あがる」「武士の家計簿」等々がある。1981年ヘラルド・エースを創立、現アスミック・エースの特別顧問。インタビュアーは元キネマ旬報編集長 関口裕子さん。司会進行は俳優の武川優子さん。原さんは、この映画の製作の苦労話を次のように語った。
 大島監督との接点について、「私は、独立プロの山本薩夫監督、今井正監督のところにいて、映画は芸術であるとともに大衆のものであると思っていた。大島さんは尖鋭・前衛で、時代と切り結びながら血を流すといった凄まじい作風で、一緒に仕事をするとは夢にも思っていなかった。大島さんから、『戦場のメリークリスマス』を8億円でつくりたいが、外国資金を集めないと成立しない。是非協力をお願いしたいと請われ、とうとう引きずり込まれて配給・宣伝までお手伝いするようになった。」と。
 キャスティングについては、「難航したが、英軍捕虜 セリアズ少佐にデヴィッド・ボウイを、日本軍捕虜収容所長ヨノイ大尉に坂本龍一、ハラ軍曹にビートたけしをという思い切った起用が成功した。」という。
 映画製作資金の海外調達については、「日本国内だけでは、なかなか映画製作資金は集められない。これまでの日本的な資金の集め方に加え、ニュージーランドの税制上の優遇措置を利用して助成金を得るなどして、なんとか集めることができた。この作品を通じて、海外からの資金調達ルートを開拓できたことには大きな意義があったと思う。この時の資金調達や利益配分の仕組みが、今後の国際共同製作にも活かせるようなシステム作りが、今の日本には必要だ。」と話された。
 作品が完成した後、配給・宣伝については、「試写会では、身内ともいうべき配給会社、劇場関係者の反応はシーンとしで白けた空気だった。これでは作品のヒットはあり得ないと考え、ヘラルド社で引き受けて、熱の入ったプレゼンテーションや宣伝戦略で周りを巻き込みながら、ムードを高めていった。劇場公開初日では若者の長蛇の列ができた。」という。
 この作品をカンヌ国際映画祭に出品した当時のことについて、「1984年のカンヌ国際映画祭には日本からは、他に『楢山節考』(監督 今村昌平)も出品されており、下馬評では『戦場のメリークリスマス』の方が高かったが、結果は、『楢山節考』がグランプリを獲得した。日本では『戦メリ』のカンヌ受賞を見込んで事前に撮影したビートたけしの写真がスポーツ新聞に掲載されるというハプニングがあった。」とか。

 「戦場のメリークリスマス」の企画を奇跡的に実現させ、ヒットに結びつけた陰には、こうしたキャスティング、外国資金の調達、配給、宣伝など、製作面での原さんの地道な"裏方仕事"があった。

(文 中村才一  写真 竹下資子)





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